三月某日、冬木市の穂群原学園では卒業式が行われようとしていた。
「よう一成」
「ああ、衛宮か」
久しぶりに登校して来た士郎が一成に声を掛ける。
「いよいよこの学び舎とも最後か」
「ああ、いざこの日を迎えるとなると寂しいものだな」
「全くだ。しかし、間桐は急な話だったな」
「あ、ああ・・・」
士郎と一成は同時にもう永遠に空席となった席を見つめる。
そこに座っているはずの人物は良くも悪くも腐れ縁の悪友、間桐慎二の席だった。
先の『聖杯戦争』終盤の『大聖杯』攻防戦において、アサシン佐々木小次郎を従えて員数外のマスターとして参戦した慎二はその戦いの際に戦死した。
そして柳洞寺崩壊後、極秘裏に凛や『聖杯戦争』の管理スタッフが捜索したが、慎二や同じく戦死した言峰綺礼、そして間桐臓硯の遺体は見つからずじまいだった。
おそらく、円蔵山が完全に崩落した際に完全に埋まってしまっただろうと推測される。
(最も、言峰は影の魔獣の牙に押し潰され、臓硯は言峰の洗礼詠唱で肉体を消滅させられた為であるが)
結局、間桐邸は魔術協会が接収し、慎二自身は一家が急な事情で止む無く海外に移住してしまったという偽情報を流す事になった。
ほとぼりが冷めた頃に間桐家の人間については一部関係者を除いて消去するという事にもなって。
「あいつも・・・残念がっていたよ」
「そうか・・・」
事の真相を知っている士郎としては嘘は心苦しかったが、現状ではこう言う他ない。
また、普段から憎まれ口を叩いたりして反目していたが、一成としても三年間共に過ごして来た相手でもあり、突然の別れには悄然とせざるおえなかった。
「だけど、一成お前も大変だったろう?いきなりお山自体が陥没したんだから」
と、士郎は話題を変える。
そう、やはり『大聖杯』攻防戦によって、『大聖杯』は崩壊したが、その影響で円蔵山地下の大空洞は崩落、柳洞寺は完全に倒壊してしまった。
「いや、あれはまだ良いんだ。不幸中の幸いな事に、俺も含めた、寺の人間は出払っていたからな。寺は、また再建すれば良いが、人命はそうも如何だろう。それに留守番をして頂いた宗一郎兄やメディアさんも無事で何よりだったしな」
「そうだな」
実は柳洞寺倒壊時、当の柳洞寺は完全に無人だった。
一成達は皆、他の山に修行に出ており、その為、人命は一人も損なわれる事はなかった。
一成の言うとおり、それは不幸中の幸いだろう。
だが、それも『大聖杯』攻防戦時、メディアが暗示を仕掛け、いち早く柳洞寺の人間を退去させていたからに他ならない。
「だが、むしろ大変なのはこれからだ。檀家の先祖代々の墓所が軒並み巻き添えを受けて倒壊してしまったからな。寺の再建以上に、そっちを優先して立て直さないと父上も零観兄も零していた」
「確かにそうだな」
そんな世間話や式後の事を色々話す。
「そうか、衛宮は式後は藤村先生の実家で祝宴を」
「まあ祝宴と言っても、藤ねえが飲んで食ってドンちゃん騒ぎしたいだけなんだけど」
「ははは、そうか、そうなると遠坂もか?」
「ああ、そうなるな凛と桜もつれて来いって藤ねえに言われているし。それに葛木先生にメディア・・・さんも来るらしい」
更にはイリヤ達も来るだろう。
「ああそれでか、俺も父上が、帰ったら藤村先生の実家に顔を出せと言っていたが」
「ああ、つまり、一成の所も含めてまとめて祝宴をやるんだろう」
「そうだろうな」
そこに、
「みんな〜!そろそろ時間だから出席順に並んで〜」
担任である大河が声をかける。
「じゃ行くか」
「ああ」
『卒業生入場』
講堂からマイクで声が響き、A組から講堂に入場を開始する。
つつがなく卒業生が着席すると司会進行役の宗一郎が、開式の言葉を述べる。
そこからは別段特筆する事もない。
校長のありがたいのかも知れないが、長ったらしい挨拶に、様々な肩書きをもつ名士の祝辞などが述べられ、そして、
『続きまして卒業証書授与』
ようやく卒業証書授与が始まった。
A組から授与が始まり、一人ずつ壇上に上がり担任から証書を受け取っていく。
そして、A組、B組と終わりC組の番となり。
『衛宮士郎』
この日ばかりはきっちりと着物を着付けた大河が教師としての顔で呼ぶ。
「はい」
士郎もこの場は生徒として証書を授与される。
と、ここでマイクから口を離した大河が小声で
「・・・士郎、卒業おめでとう」
「・・・ありがとう、藤ねえ」
お互いにっこりと微笑みそれから再び生徒と教師の顔に戻った。
証書授与も終わるとその後は残りのお祝いの挨拶、そして校歌斉唱で、卒業生退場と万事つつがなく卒業式も終わった。
「ふぅ〜終わった〜」
「だりぃ〜」
「長いんだよなぁ〜校長の挨拶は」
堅苦しい式典も終わり、緊張もほぐれ三年の教室や廊下では、賑やかなざわめきが辺りを支配していた。
「一成、お前昼はどうするんだ?肉や甘味に餓えている様ならどっかで食うか?」
「いや、どの道、藤村先生の所でご馳走になるからな。父上も祝いの席でまで精進とまでは行かないだろう。そこまでなら我慢できる」
「そうか、じゃあ雷画爺さんのところに行くまでのんびりしとくか?」
「そうだな」
そこに、
「おい柳洞!生徒会の後輩が呼んでるぞ!」
「?なんだ、引継ぎならすませた筈だが」
「一つや二つ残っていても不思議は無いぞ。つい二ヶ月前まで現役の生徒会長だったからな」
そう、生徒会長としての一成の存在感があまりにも強すぎたのが仇となったのか、二学期の生徒会長選挙で、立候補者0と言う異常事態が起こり、結局一成は一月頭まで生徒会長を勤め上げたのだった。
「軒並み引き継いだ筈だったんだが・・・まあいい、ちょっと行って来る」
「ああ」
そう言って一成が教室を出て行くのと入れ替わりに、今度は
「おい、衛宮!お前に弓道部の後輩が来てるぞ!」
「俺に?美綴の方じゃないのか?」
部長である綾子にならともかく平部員の上、試合にも出ず、半ば幽霊部員である自分に後輩が来るとは思えない。
困惑する士郎だったが、とにかく廊下に出てみる。
そこには言葉通り、弓道部の後輩達がいた。
士郎が時折顔を出した時によく指導をした後輩達ばかりだ。
「衛宮先輩!」
「ご卒業おめでとうございます!」
そう言って一年の後輩が花束を渡す。
「ああ、ありがとう。でも良いのか?俺の方に来て、部長の美綴の方には行かないのか?」
「いえ、美綴先輩の方にはもう行きました」
「で、美綴先輩から衛宮先輩の所にも行って来いと言われましたから」
「なるほどな」
「それで、先輩に最後の頼みがあるんですが」
「頼み?」
「はい、先輩の射見せて下さい」
「俺の?」
突然の内容にやや面食らって聞き返す。
「私達、入部してから一度も先輩の射を見せてもらっていないんです」
「美綴先輩や遠坂先輩のお話だとすごく上手だと聞いて、『それなら衛宮に直接見せてもらったらどうだ?』と薦められたのもですから」
なるほどと、士郎は内心得心した。
確かに手の火傷の痕の事もあって基本的に部活で射をする時はまだ部員も来ていない早朝か、全員帰った後に限定して、他の部員がいる時は後輩の指導や審判、また自分や他の部員達の道具の整備等をしていた。
さらに、生活費の為にアルバイトもしていた為、部活に出ること自体もまちまちになり、人前で射を撃つ事などほとんど無いに等しい状態だった。
だが、数少ない士郎の射を見た者達から人伝に『衛宮士郎の射は恐ろしく上手い』と伝わり、静かに学園に浸透し今では半ば都市伝説ならぬ学園伝説に近い扱いを受け始めているのも事実だった。
で、卒業の機会に真実なのか否か確かめようと言う訳か。
「ああ、それ位なら御安い御用さ。丁度部室の方にも挨拶と弓や道着を持って帰ろうと思っていたからな」
そして弓道場に向かい、久しぶりに道着に着替え直し、弓の張り具合を確かめた後、グローブを脱ぐと、白のオープンフィンガーグローブを嵌める。
弓道をする時の正式のグローブがそれだった。
やはりグローブ越しでは、最低限指だけでも出しておかないと指の感覚が狂ってしまう為に止む無く指だけ出したグローブを用意した。
指の火傷の痕は見えてしまうが、手全体の火傷の痕を見られるよりはまだマシと言う事で弓道の時は嵌めている。
一年の時はこれでも良かったが、二年の時に桜が入部してきた為に、射の回数が更に少なくなった要因の一つでもあった。
(この時、士郎個人としては部活専用だからと思ってに魔力封じのオープンフィンガーグローブをゼルレッチ、若しくはコーバックに製造依頼しなかった事を心底悔やんだ)
そして準備が終わった士郎が道場に向かうと、何故か黒山の人だかりが出来ていた。
「・・・えっと、美綴。このギャラリーは何だ?」
暫し無言になった後、最前列に陣取った綾子にじと眼を向ける。
「あはは、どうも後輩達がお前が射をやるって言いふらしたらしくてな。あんたの射を見ていない後輩や例の学園伝説が真実なのか確かめようって言う野次馬が殺到してね」
「すいません先輩・・・」
笑って人事の様にそう告げる綾子に対して、ひたすら恐縮する桜。
「そして何よりも、何でお前までいるんだ?凛」
「あら衛宮君、私がいると何か不都合でも?」
桜の隣にはさも当然の様に凛がいつもの優等生顔(猫かぶり状態)でしれっと座っている。
十中八九綾子か桜から話を聞いてやって来たのだろう。
これ以上言い合っても言い負かせる確率は皆無に近い事を悟った士郎は溜息交じりに抗弁を諦める。
「まあ、いいか。じゃあ始めるか」
そう告げると、的に向き合い、それから姿勢を整える。
と、同時に士郎の周囲の空気が完全に変わった。
和やかで穏やかなものから、相手を威圧し、畏怖させるそれに変貌を遂げると同時に、周囲からざわめきや冷やかしの声が消えた。
「・・・桜あれって、ほとんど『錬剣師』としての空気じゃないの」
「はい・・・先輩の本当の顔を知らない頃は普通の人がここまでの空気を持てるのか不思議でした・・・」
そんな中で唯一動じていない遠坂姉妹が綾子にも聞こえない程の囁き声で話し合う。
完全な無音の中矢を番え、弓を引く。
弓の弦が極限まで引かれると同時に士郎の手から矢が放たれる。
だが、結果など見なくてもわかる。
この場にいた全員が確信していた。
今士郎の放った矢は的の真ん中に的中していると。
そして視線を向けると全員の予想通り、矢は的の真ん中に当然の様に、そこに刺さっていた。
暫し、残心を残し、姿勢を崩さぬ士郎だったが、ゆっくりと姿勢を崩すと同時に威圧するような空気が霧散していく。
振り返る頃には先程の空気は消え失せ、いつもの士郎がそこにいた。
それと同時に緊張が解けたのか、弓道部の後輩達からは驚嘆の声が、その他の野次馬達からは拍手とそれに混じって忌々しげな舌打ちの音が聞こえる。
おそらく例の学園伝説がデマだと思っていた者達なのだろう。
そんな圧倒的な賞賛な中、士郎は特に増長するでも萎縮するでもなく自然体のまま
「これで良いか?」
「ああ、ありがとうな衛宮。色々付き合ってくれて。後輩たちも言い勉強になったと思うぞ」
「ありがとうございます先輩」
「別にこれ位いいさ」
そう言って、着替え直すべく更衣室に戻っていった。
「ちぇっ、衛宮の伝説が弓道部のメッキだって証明出来ると思ったんだけどな」
「やれやれ、蒔の字、何故素直に賞賛しないんだ?」
「うわぁ、衛宮君ってやっぱりすごかったんだ」
と、そこに小声でなく、堂々と本人に喧嘩を売るような台詞とそれを諫める声、そして素直に賞賛する声が聞こえる。
その声の主は嫌味を言ったのが元陸上部の蒔寺楓、諫めたのが同じく元陸上部氷室鐘、賞賛したのがやはり元陸上部マネージャー、三枝由紀香。
士郎や凛と同じく今日卒業を迎えた三人組で、陸上部在籍中は『仲良し三人組』や『三人娘』と呼ばれていたトリオだ。
実際、バランスもとても良く、楓がボケで鐘が突っ込み、そして由紀香はそれを暖かく見守ると、いう漫才めいた関係も完成されていた。
マネージャーである由紀香は別として、楓も鐘も県下ではトップクラスのアスリートで楓は短距離走、鐘は走り高跳びで優秀な成績を残してきた。
「おや、蒔寺あんたも来てたのかい?うちの衛宮の学園伝説なんか気にもしてなかったくせに」
「へ、へん!あたしは別に、ただ単に弓道部に季節はずれの大入りだから野次馬で覗きに来ただけだし」
「ああ、気にするな美綴嬢、蒔の字は穂群原の伝説は自分だけだと言って衛宮の伝説が出鱈目だという確証を得たかっただけだからな」
「えっと、それに衛宮君には色々お世話になったからそのお礼に」
綾子の嫌味に楓が嫌味で返し、鐘がそれに冷静に補足説明し、由紀香は更に自分が来た理由を説明をする。
「由紀っち、いいってば、衛宮の奴が勝手にやった事なんだし」
「蒔の字、君はもう少し、人に感謝する心を持った方が良いぞ。それはそうと美綴嬢、これはちょっとした疑問だが、衛宮はいつもあのようなグローブを嵌めているのか?」
「えっ?ああ、あのグローブ?」
「うむ、この学園の中で唯一あのようなグローブを嵌める事を特例で許された。口がさない連中は、衛宮の両手は機械仕掛けの義手だの、いや、そもそも手が無いだのとろくでもない事を言っていたからな」
「ああ、そりゃあたしも一年から聞いていた。中には保護者が藤村先生の実家だから極道っぽく刺青してるんじゃないかって言っていた先輩もいたな」
「うん・・・もっとひどい噂もあったし」
「そんな噂があったのかい?でもそういや一年の頃聞いた事あったね。音沙汰が無いから潰えたとばっかり思っていたけど」
意外な風に驚く綾子に対して凛が
「そうなの綾子?私は最近まで聞いた事あるわよ」
「私もです。てっきり美綴先輩の耳にも入っているとばかり思っていました」
姉の言葉に続いて桜も頷く。
「ま、衛宮自身があれについては周囲に気を遣っていたんだけどね」
「確かにそうよね。衛宮君には申し訳ないけど、あの手じゃあむしろグローブで隠しておいた方が賢明だし」
「賢明??」
「気を遣うとは?」
それを答えようとした時当の士郎が着替え終わり道場に戻ってきた。
「お待たせ・・・??どうしたんだ?人の顔見て」
「ああ丁度いいや、衛宮、この三人がお前さんのグローブの下見たいって」
「へっ?グローブの下をか?」
「い、いえっ別に無理に見せてもらわなくても」
「遠慮するなって由紀っち、噂が飛び交っていた衛宮のグローブの下がどうなっているのか見ものだろ。いよいよ隠された真実が白日の下にって感じにさ」
「見ものかどうかはさておいて、私としては極めて私的な好奇心で君の手を見て見たいのだが。無論嫌だというのなら無理強いは出来ないが」
「・・・見たいって言うなら別に見せても構わないけど・・・、見て気持ちの良いものじゃないぞ」
そう言いながら、特に否定的な意見も無かったので仕方ないと溜息をついて片方だけグローブを脱ぐ。
「「「!!」」」
火傷の痕を見た瞬間、楓達は息を呑む。
色々中傷じみた噂も立っていたが、あくまでもそれは噂に過ぎず、想像の域を出てはいなかった。
だが、実際にグローブの下から現れたのは指紋も何も存在せず、凹凸が激しい焼き爛れた火傷の痕。
それは確かに四六時中直視していい気分になれるものではない。
綾子や凛の言うとおり、士郎は周囲にこの火傷の痕を隠したのは賢明だと言えた。
「と言うこと、人様に見せて同情誘う気もないし、第一見せてもいい気分にならないから」
その反応を見ても当の士郎は特に傷付いた様子も無く表情一つ変える事も無く、グローブを嵌め直しながら弁解じみた事を言っている。
「・・・あ〜、悪かったね衛宮、こいつは興味本位で見る事じゃなかったね」
「確かに、これについては謝罪させてもらう。すまなかった」
「その・・・ごめんなさい」
逆に楓達は士郎から見ても気の毒なほど落ち込んでいる。
「そんなに落ち込まなくても良いさ。もうこれも俺の一部だからな。全部受け止めてる」
気負う事も無く、当然の様に穏やかな声でそう断言した。
「そういやさ、美綴は知っていたのか?」
「衛宮の手に関しては一年の頃から知っているよ」
「私も知っていたわよ」
「私もです」
と、そこに鐘が鋭い視線を凛に向ける。
「ふむ・・・時に遠坂嬢」
「??何」
「美綴嬢や桜嬢は衛宮と同じ部活故の縁で火傷の事は知っていたとしても不思議ではないが遠坂嬢と衛宮とは直接のかかわりは無い筈。何故衛宮の火傷の事をご存知なんだ?」
その指摘に凛はやばいと表情を歪め、士郎と桜は凛のやらかした大ポカに諦めたような表情で溜息をつく。
「なんだい知らなかったのか?」
そこに綾子が笑いながら止めを刺した。
「衛宮の家に飯をたかっているんだよ。それも姉妹揃って」
その言葉に一瞬場は凍りつき
「な、なんだとおおおおお!!」
楓が見事にぶち切れた。
「じゃあ何か!遠坂は姉妹揃って衛宮の家に飯を食いに言っているというのか!」
「そう、ごくごく一部しか知らない事だけどね」
「確かに、その様な話が出てくればたちまち衛宮が男子生徒の手で半殺しの目にあう結末が浮かんでくるな。遠坂姉妹が揃って衛宮の家に通い妻をしている等と白日の下に晒されれば」
「え、ええええっ!遠坂さんが、通い妻」
「美綴、あんまり煽るな。俺の方にまで飛び火しかねん」
更に面白そうに火に油を注ぎこもうとする綾子を溜息をついて止めるのだった。
ギャラリーのほぼ全員が道場を後にしており、道場にいるのが、士郎を含めて七人だけなのが幸いしたが、この衝撃の事実が暴露されるのが、もう少し早ければ鐘の言うとおり在校生、卒業生関係なく男子生徒が士郎を半殺しにせんと襲いかかったに違いない。
ちなみに楓の憤怒の暴走は数時間続いた。
時間は流れ、夕方、藤村組では士郎、凛、更に一成の卒業祝いの祝宴が催されていた。
最初こそ藤村組の方で用意された食事に舌鼓を打っていた一堂であったが、酒が入るに従い混沌の色を帯び始める。
「し〜ろ〜う〜、のんでるぅ〜」
「飲める筈無いだろ!俺は未成年なんだぞ!ええいこの大虎誰か何とかしてくれ!!」
すっかり出来上がってべべれけに酔っ払った大河が士郎に絡んでくる。
とても日中の教師モードと同一人物とは思えない、いや、思いたくない。
士郎が周囲に助けを求めても凛と桜は大河に飲まされたのだろう、ビールを片手に
「ねぇ〜さぁ〜ん、いいでしょぉ〜、ほらぁ〜この胸。これだけあればぁ〜せぇんぱぁいを〜満足させられぇますからぁ〜それにぃくらべてぇ姉さんのむねはぁ〜くすくすくす・・・」
「なぁにいってるのよぉ〜さくらぁ〜そんなのただの脂肪よ脂肪、油に過ぎないの、そんなのはぁちっともほしいし、ぜっんぜんうらやしいからぁ〜」
延々と管を巻き、アルトリアは
「ふむ・・・これはなんと・・・ですがやはりシロウの手料理の方が・・・」
ただひたすら食べまくり、それとは対照的にメドゥーサはかっぱかっぱと無言で日本酒を飲み干している。
「きゃはははは〜セラァ〜何時の間に姉妹が増えたのぉ〜三人にふえてる〜」
「お、お嬢様!!だ、誰ですか!お嬢様に酒を飲ませたのは!」
「あそこでシロウに絡んでいるタイガ」
笑い上戸なのかセラを見てけらけら笑うイリヤをセラが介抱しリズが冷静沈着に犯人を指し示す。
そして離れた所では、
「おっいけるねぇ〜ヘラクレスの旦那、もう一杯」
「うむ頂こう」
セタンタとヘラクレスがお互いにビールやら日本酒やら焼酎やらを注いではがばがば飲み干し、
「宗一郎様どうぞ」
「すまぬなメディア」
宗一郎とメディアは周囲の混沌など意に関せず二人だけの世界を形成し
「これほど無駄に装飾で飾った食事に何の意味があるのでしょうか・・・」
「あら所詮味よりも栄養効率に重点を置く執行者には、料理を眼で楽しむ余裕など無いという事ですか?」
「よく言うわね。うちのご主人様に直してもらうまでは何でもかんでも味付けを濃くしないと感じなかった癖して」
バゼットの純粋な疑問にカレンが皮肉を言い、それにレイが更なる皮肉をぶつける。
その反対側では
「藤村ぁ!どうじゃ月見酒じゃ!」
「ふんっ甘いなぁ柳洞のくそ爺!わしは三光じゃ!」
雷画と一成の父にして柳洞寺の住職が花札で賭け事(正真正銘現金が飛び交う)の真っ最中。
それを
「父上、あまり熱くなりすぎると昨年の様になりますよ」
「はっはっは、初代よ遠慮せずうちの権僧正をぎたぎたにして頂きたいですなぁ」
苦り顔で窘める一成と笑いながら更に炊きつけようとする零観。
そして若衆は、カオスの坩堝と化したここに誰も近寄ろうとはしない。
とてもではないが助力を頼める所は一つもない。
「きゃははは〜士郎も飲みなさいよぉ〜」
「ちょっちょっと待て!藤ねえ、だから俺は未成年だと何度言えば・・・うわああああああ!!だ、誰か助けてくれぇ〜!」
悲痛な悲鳴が夜の深山町に木霊した。